次男出産までの道のりが結構険しかった話

第二子の出産…

どの家庭でもさまざまな困難があると思うので、うちが取り立てて大変だったという程ではないと思うけど、ブログを書くからには自分史上最もしんどかったあの頃の思い出を記さないわけにはいかない…。

というわけで、ケロきちが1歳過ぎた頃の話。

この頃私は第二子妊娠を望んで不妊治療に通っていました。

なぜ不妊治療だったかというと、第一子のとき5年間自然妊娠しなかったからです。(人工授精で妊娠)

他、年齢のことや夫の転勤がいつあるかわからないこと、育休を続けてとりたいという勝手な都合などがあり、ケロきちがまだ1歳の早期から開始していました。

いわゆる人工授精(AIH)というのをやるために、検査やら排卵日調べるためやらで何度も何度も婦人科に通う必要があるのですが、当時東京の23区内に住んでいたため車がなく…

 

1歳児連れで往復2時間の遠距離通院。

乳児連れで東京住み、大変でした。
もし車持ってたとしても駐車場代はバカ高いしあらゆる施設に駐車場がないんだもん。
公共交通機関は発達してるけど、乳児連れで利用するのがいかに大変か…😭

現在東京周辺在住の方々に心からエールを贈りたい‥あんたは凄い!!!🎉

そして人工授精の結果、育休をギリギリ続けて取れないタイミングで妊娠😭

当時保育園不足真っ只中だったので保活も大変だったんだけど、何よりしんどかったのはつわりですわ…

皆さん第二子以降の妊娠ってどうやって乗り越えられたんでしょう…。

特にしんどかった思い出はコレ…

   

大人1人ならなんでもない診察の待ち時間、死ぬかと思いました。

さらに家でもこの通り。

私のつわりはものすごく眠気に来るタイプでした。

ちょうどケロきちの発達不安がピークに達していた頃だったので、この現状に勝手に追い詰められていた私。
結果…

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夫の休憩を少しも許せないヒステリー母状態になってました。(すまん夫)

そんなこんなでケロきちの保活は1歳の5月に実り無事入園したものの、切迫早産だと判明し結局仕事には復帰せず。(すまん職場)

そして相変わらず夫とは冷戦状態を続けてたある日…

なんで今なん?

当時私はMR(製薬会社の営業みたいな仕事)をやっており、全国転勤ありだったけどかなり条件の良い会社でした。

え…辞める?いやいや…

だって世帯収入が半分以下になるやん。
あと新卒でものっすごい頑張って就活して入った会社やん。
ここで退職したらもう同水準の会社には入れない…。

でも辞めなければ0歳2歳抱えて私1人の育児生活が待っている…!!

とグダグダ悩んでいたらさらにもう一つ別の修羅場まで。

続きは次回で…。

 







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