見えてきたこと

前回の続きです。

前回

親側の幼少期2

最初

一難去ってまた一難

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ベタな感動話みたいになってしまった。

でも最近は本当に心から尊敬できることが増えて驚いています。

人間の心理として「一つの能力に秀でていて認められている人はその他のあらゆる能力も同じように優れていると無意識に認識される(ノーベル賞受賞者は無条件で素晴らしい人格者のように思えるし悪いところがあると「意外」と思われるみたいな)」そうなんだけど、障害があるとその逆の現象が起きると思うんですよね。

障害者と言った途端に全てにおいて健常者よりも劣っていると。

これに対して「意外と秀でてるところもある」ってわけじゃなくて、普通に人間としていろんな性格、得意不得意を持ってて、そこに障害が入ってくるだけなので別に意外でもなんでもないんですよね。

よく考えると当たり前なんですが、今までは障害に邪魔されることが多くて見えませんでした。

今回のギャン泣きがおさまったことでやっと冷静に観察することができるようになって、「あれ?すごいな…?」と…

 

今まではすごいと思ってなかったのか?

ケロきちのこと「虫が平気」ってことだけはすごいと思って尊敬してました。

自分の子供を本気で尊敬した日

↑ここでも尊敬してる…

今も虫が部屋に入ってきたら助けてもらってます🫣

 

尊敬してたのはそれだけでした…(ゴメン)

一応ケロきちは優しいところがあるなって思ってたんですが、幼い子は基本的に母親が好きで優しいし。「発達障害があるにしては意外と優しい」ぐらいに思ってました。

でも…10歳の私はできてただろうか。

 

掃除していい?って…強制されずに自分から言ったり

戸締りや消灯お願いって言われなくても進んでしたり

食品ロスを無くそうって人に勧めたり

こんなにストレートに人を褒めたり…

 

私はどれも全然できなかった。

 

優秀で他の親から羨ましがられることのあった自分」と「発達障害があって人に迷惑をかけることがある長男」って、真逆みたいな存在に思えるけど全然そんなことなかった。

「発達障害の割に意外と…」とかではなく、自分と同じ立場で「すごいな」って思えることが最近になってグンと増えました。

 

いい流れになったところでこのギャン泣きシリーズ終わります🙇‍♀️

まだ悩みはあるけど…でも今私はこんなふうに結構前向きです!

ケロきちが自閉症って診断された時、学校でギャン泣きばっかりしてる時、自分の幼少期と比べて絶望ばっかりしてましたが、楽しく過ごせています🌝

発達障害児育児も経過は家庭によって様々だけども、困難を抱えながらも前向きになれた1例としてこの話が誰かの希望になればいいな。

 

 

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